台風前のデータです

水位が低い風景

この写真だけだとどのくらい低いか分かりにくいのですが、真ん中にある二つの展望室が高めの3階建て相当の建物です。見えているダムの堤体面は10階建てビル以上あり、かなり高度感があります。
なお通常の水位はこのくらいです。(2023年7月15日)

周囲の様子
6月2日から3日にかけての台風の影響がどうなったかは後日報告…できるかな?
ダムや海、山、川、岬を巡るツーリングを通し関東を主に日本の風景を紹介します


この写真だけだとどのくらい低いか分かりにくいのですが、真ん中にある二つの展望室が高めの3階建て相当の建物です。見えているダムの堤体面は10階建てビル以上あり、かなり高度感があります。
なお通常の水位はこのくらいです。(2023年7月15日)

6月2日から3日にかけての台風の影響がどうなったかは後日報告…できるかな?

打ち合わせがあったので駿河湾沼津SAで休憩+お土産物購入。お土産は…定番うなぎパイにしました。
ところで、新名神の多重追突死亡事故の現場を通過しました。非常に走りやすいのですが車種ごとの走行速度に大きな差があり、速度差がある場合には要注意です。また工事などで車線制限があると速度差がある状態で合流になるケースが多々あります。低速側は早めの余裕を持った車線変更、高速側はほどほどの速度に自制するなどして安全運転に努めましょう。勿論スマホとかは…論外です。
今回は草津田上ICに近い場所で仕事の打ち合わせを行ってその晩は近所で宿泊。翌日高知に向かう旅程でした。

宿泊前提ですからお酒も飲めます。今日のメニューは上タンネギ塩、ホルモン焼きセット、上ミノと焼酎お湯割り。キャベツを追加して満腹でした。
あ、燃費は438km走行で12.27Lの給油でした。35.7km/lですね。前回は強風で燃費が悪かったのですが、今回は普通の燃費です。

高知までは半日で到着するので午前中に琵琶湖博物館を見学してきました。なかなか見どころの多い博物館で2時間半で水族園部分しか見れませんでしたが…結構満足できました。写真は琵琶湖と比叡山地の山々です。左の一番高いのが四明岳(848m)かと思われます。

5時間強かけて高知到着。走行距離436.2kmで給油量11.63lで燃費は37.5km/l。メーターによると燃費は35.8km/l。何故か満タン法での計算の方が燃費が良いのは相変わらずです。
満タン法を採用して
東京-草津市街地 35.7km/l
草津市街地ー高知 37.5km/l
という結果となりました。

志河川ダムを後にして次に向かうのは帰途の国道194号線から県道12号線に入ってすぐの場所にある黒瀬ダム。黒瀬ダムは堤高61mで中型の重力式コンクリートダムです。赤い2門のクレストゲート(ラジアルゲート)が四国で昭和40年代から昭和50年代に竣功したダムの特徴?(鏡ダム、大渡ダムなど)
ダムの目的はF(洪水調整)N(不特定用水)I(工業用水)P(発電)です。当初FNIでしたが、昭和50年代の水力発電ブームで昭和57年にPが追加されたそうです。(公式)

神奈川の城山ダムのような幹線道路ではありませんが、黒瀬ダムの堤頂も道路になっており自動車やバイクでも通行可能です。

手前に取水設備があり、奥に二門のラジアルゲートの上流側が見えています。かなり放水した状態で、雨が少なかったためにこのような水位になっているのか洪水のための事前放流かは分かりませんが、時期的には前者と思われます。
おかげでゲートが良く見えますが、これからの農繫期にかけて水不足にならないことを祈りましょう。
これでこのツーリングのダム巡りは終了。国道194号を高知県側に走って帰途につきます。往路の国道494号線に比べると圧倒的な快走路。途中には大橋ダム、長沢ダムなどアクセスのよいダムがありますがおとなしく帰宅しました。
総走行距離267kmで燃費は33.1km/l。信号が少ないのですが、494号では流石に燃費は伸びません。
次回は、439号を走ります。

このツーリング、予定では次は黒瀬ダムでしたが、国道11号線を走っていると「志河川ダム」の標識を見つけたので急遽立ち寄り。あまり予定に拘らない管理人のツーリングはいつも「急遽」なのですが…。
国道11号線から南向きに山のほうに走るとすぐにまだ綺麗なコンクリートの堤体が見えてきます。堤高48.2mの重力式コンクリートダム。規模でいえば千葉県の片倉ダム、保台ダムより少し大きい。ちなみに愛媛県の東部は降水量が少ないため千葉県に似て中小型のダムが散在しています。
目的は現状でAP(農業用水、発電)ですが主目的は前出の面河ダムの利水権がない冬季の農業用水です。(発電は最大49.9kWの小水力発電)このダム貯水量が少ないのが特徴ですが、逆に言うと比較的満水越流していることが多いようです。見てみたかった。
なお志河川の読み方は「しこがわ」です。

写真の「志河の恵水」。「しこのめぐみ」って読むんでしょうね。普通読めないと思います。やや詩的な印象があるのは、正岡子規の故郷愛媛県だから…か?

古いダムでは立ち退きに協力した住民への記念碑と建設中に事故死した方の慰霊碑がしばしばありますが志河川ダムには見当たりませんでした。最近建築で安全に建設され事故がなかったものと思われます、よいことです。

堤体を正面から見るとゲート類は隠れていて、左右の導水構造が非常に特徴的です。まだ新しい志河川ダム、これからも愛媛県の道前道後地方の冬季農業用水源として活躍していくことでしょう。(参考 冬の志河川ダム)
次は3ダム目、黒瀬ダム。
管理人の実家から国道194号線を経由し、酷道で有名な439号を西向きに進みます。ただしこの区間はちゃんとした2車線で快走路です。そして494号線へ。橋を渡って集落の中を少し東向きに走った後、山に向かって登っていきます。当初はさほどではありませんが、山中を進むに従って酷道感が増します。
1車線道路で舗装はされているので危険は感じませんが、やや舗装が傷んでいる箇所では気を遣いました。また意外と交通量が多いので前からくる4輪車との待ち合わせは所々であります。
高知県側は渓流に沿って道路があり、所々で渓流に降りて風景を楽しめるのは楽しいものです。

面河ダムは四国愛媛県の石鎚山の西側、仁淀川水系割石川に建設されています。堤高73.5mの重力式コンクリートダムで規模的には中型のダムです。目的はAIPです。その役割は特に灌漑において非常に大きく雨量が少ない愛媛県道前道後地域に農業用水を供給しています。
戦後、愛媛県道前道後地方の安定的な灌漑を図るために計画されましたが、仁淀川水系の既得利水権はお隣で下流の高知県にあり交渉が必要でした。当初、目的にはW(上水道)が含まれ人道的な観点から概ね合意にこぎつけていました。しかし予算等の都合でこれがI(工業用水)に入れ替えられたことで高知県側は態度を硬化。結局両県の担当者の懸命な交渉でなんとか計画が進み始めたそうです。
なお「水徳洽豫州」は「水の徳、豫州を洽(うるお)す」と読みくだせます。豫州は愛媛県の旧国名伊豫のこと。うるおすをあえて「潤」ではなく「洽」としたのは「いきわたる」という意味を含んでいるからかと管理人は思ってます。

高知県側に流れる割石川をせき止めて愛媛県側に導水するには分水嶺を超える必要があります。このため石鎚山麓に導水用のトンネルを建設し愛媛県側の中山川などまで導水しています。
この導水は「虹の導水」と呼ばれ、これにより過去には水争いで死者が出ることもあった同地方の灌漑状況は大幅に改善されました。規模的にはありふれたダムですが、果している役割はとても大きいのです。
参考 面河ダム 虹の用水へ挑んだ人々 (読み物としても面白いです)

ダムではなく堰堤表記になっていることから古いダムであることがわかります。堤頂長は159 mで往復しても大した距離ではありません。左岸側に管理事務所があり、右岸側は…行き止まりです。

ダム下流には発電所がありますが、簡単に降りていくことはできません。むしろ国道494号線からは下流側が近く、ダム堤体にたどり着くには一旦国道494号線から県道153号方面に西進する必要があります。
険しい山中の難工事であったことは思い遣られ、実際ダムに直接ダンプカーでコンクリートなどの資材を運び込むのは困難で索道を張った循環バケットが使用されたとか…。
実際、多くのダムでは山の中でもある程度の道幅が確保されていることがほとんどですが面河ダムへのアプローチは建設当時大型車が行き来できる感じではありませんでした。(近年は改良されていると思われます)

面河湖です。風景を堪能して次の目的ダムに移動します。
次は志河川ダムです。

途中の大橋ダムに立ち寄り記念撮影だけ。直後の高知ー愛媛県境の寒風山トンネルは歩行者・自転車が通行可能な日本一長いトンネルです。そして内部がその名の通り寒い。
四国ツーリングは海沿いを行く限り、この時期(ゴールデンウィーク)比較的暖かいですが、山間部は肌寒い場所も多く、特に寒風山トンネル内は寒いです。是非、一度通過して寒さを実感してください。(真夏は涼しい)

大山祇神社の鳥居の扁額は「大山積大明神」となっているのは以前のツーリング(しまなみ海道途中の風景などもこちらから)で紹介しました。本殿にお参りして、本殿の裏側を散策した後、今回の目的の宝物殿に向かいます。

料金を支払い国宝館に向かうと目立つのが巨大な船舶用プロペラ、勿論寄付者は今治造船。ただしこちらは併設の海事博物館。「海事」の名の通り海にあるものは魚類、貝類、海生哺乳類などの動物、海藻、海底から掘削された鉱物などなんでもあります。(こちらは国宝館の後に見学しました。)

スケッチしてみました。大山祇神社の国宝館は多くの胴丸(鎧)を収蔵、その中でも瀬戸内のジャンヌダルクと呼ばれ有名な鶴姫が着用し大山祇神社に奉納したとされる「紺絲裾素懸威胴丸」(1500年頃)です。
現代の感覚(私が代表させてもらいます)で素直にみると「女性が付けていた」と想像するのが自然だと思います。右側のスケッチはその感じを伝えようとして周りの胴丸との対比を書こうとしたのですが…技量不足で止めてしまったもの。

無粋なことを言えば鶴姫の実在性に疑問がある上に、1500年頃の胴丸としては胸部が大きくウエストがくびれて大腿部・臀部にかけて大きくなる形式は特別「女性用」というわけではなかったとか…。
この胴丸は大袖がないので余計に周りの甲冑との差が引き立ちます。

スケッチの出来栄えは生優しく見守ってください。こちらは時代をさらに遡り1190年頃作成の「紺絲威鎧・兜・大袖付」。全体的に非常に「凝った」作りになっていることが素人の管理人でもわかりました。
社伝では源頼朝の武将河野通信(かわの みちのぶ)が奉納したとされており、瀬戸内で展開された源平合戦で源氏についた河野に頼朝が下賜ものでは…との想像も…。(こちらのほうは可能性としてはある…か?)
この鎧、非常に立派でかつ大振りです。実際に着用して戦場を駆け回る…というよりも河野の権威を表すために使われたのでは?というのが管理人の感想です。
なお、大山祇神社の国宝館には多数の文化財が所蔵されていますが、平安時代から戦国時代までの胴丸・鎧類の収蔵数は日本で随一です。アクセスが難しい場所ですが目的地として訪問する価値があります。(管理人の感想です)
他にもたくさんの文化財があったのですが、とても一日の訪問で鑑賞できる量ではありません。後ろ髪ひかれつつ、海事博物館を軽く見学して帰途につきます。

今回の目的地は大山祇神社の国宝館でした。もう一つ目標があって、しまなみ海道を四国から本州に渡って瀬戸大橋で四国に帰ってくるルートを走るでした。
しまなみ海道を渡り切って山陽道を走り瀬戸大橋方面に。瀬戸大橋の与島SAで降りて橋と讃岐富士を撮影。瀬戸大橋は本四三架橋では最も古いのですが、様々な形式の橋梁コンプレックスが見られるのが特徴です。(与島PAまでの動画)
目標を達成して走行距離約400km。NC750Sにちょうどいい距離のルートでした。いやー、また鑑賞にいきたい。
次回はダム。

公私で言えば公(仕事)がとっても忙しくバイクに乗れない時期が続いていました。また忙しさで体の節々に痛みが出て「でかけよう」という気にならないことも多かった…のですがやっと休みが取れました。
しばらく乗れていなかった友人のHarley Davidson XL883Nの手入れがてら環七一周ミニツーリングに行ってきました。
久々なのでバッテリーは大丈夫か…と思っていましたがその前にキーをイグニッションに回したときに「キューーーン」と独特な音、ちょっとビビりました。燃料供給系のガソリンがタンクに戻っているときに音がするのは知っていましたが、実際にはじめて聞くとちょっと驚きます。
エンジンは無事始動し、ツーリング(といっても街乗り)開始。オイルが温まるまでは丁寧に丁寧に、温まってからは油温を上げる意味で少し回し気味で…エンジンは好調。ただ、しばらく走った後、信号で止まった際にフロントからブレーキ鳴き音。
リアは時々鳴いていましたが、フロントは鳴いたことなく今回が初めて。また1度だけではなく複数回あったので次の機会にブレーキパッドの残量確認もしようと思います。
細かい点はありましたが、基本好調でした。
もしかすると内燃機関搭載のバイクはあと20年、いや10年すると発売されなくなるかもしれません。実際、空冷エンジンを採用している車種は激減しています。(なにかの反動のようにハーレーは頑張ってますが…)
今のうちに走って眺めて堪能しておきたいと思います。オーナーの友人もそろそろ復帰が見えてきているようなので万全の調子で引き継ぎたい。

大島(愛媛県)から大三島に渡って大山祇神社へ。
大日本総鎮守ですよ。日本全部任せろってこと。この字は有名な元総理大臣の手によるもの。「大日本」の時代の人で…過去にお札にも…分かったかな?正解はこの記事の最後で。

鳥居と参道の正面です。鳥居の向かって左側に上の社名柱が見えています。そして鳥居にかかっている扁額は↓

社名柱と扁額の違いが興味深いですね。大日本⇔日本、総鎮守⇔惣鎮守、大山祇⇔大山積。何故だ?

大山祇神社の由来は古く719年に現在の場所に遷座されたそうですが、拝殿や本殿は室町時代に再建されたものとのこと。(公式サイト)
もちろん屋根は葺き替えられていますが、古さを感じさせません。

神社によっては拝殿、本殿の周りに道があってその所々に小さな社があるケースが割とあります。大山祇神社もその一つで、一つ一つのお社をお参り…したかったのですが時間の都合で省略。

由緒のある大山祇神社では古くから斎田のお祭りが続けられているそうです。その旧暦5月5日の御田植祭、旧暦9月9日の抜穂祭で奉納されるのが有名な「一人相撲」。見てみたいですが、多分とても人が多いのでしょう。

社名柱の文字は伊藤博文公によるものでした。

残念ながら時間と体力切れ。予定していなかった大島(愛媛県)の見所が意外と多く時間をかけてしまい、大山祇神社をじっくり楽しむ時間が取れませんでした。加えて至近の駐車場が満車でちょっと歩いたところに止める必要があったので歩き疲れたのもあり、後ろ髪をひかれながら帰途につきました。
是非再訪したい場所がまた増えてしまいました。この回これで終わり。次回は…ナニニシマスカ。

まだ奥多摩の山間部は春まだ浅く、梅が咲き始めたばかりでした。桜(山桜)のつぼみはまだ固く、もう少し時間がかかりそう。

珍しく別のNC750Sに出会った月夜見第一駐車場から見た小河内ダム。貯水量が少なく70%は切っていそう。
小河内ダムを復習。大都市東京の成長を見込み、その飲用水を確保するための建設計画は大正15年に遡り、昭和13年起工。第二次世界大戦による建設中断を経て昭和32年に竣工しました。この事情から小河内ダムは目的W(上水道)専用のダムと言われ、管轄は国交省ではなく東京都水道局です。実際は多摩川第一発電所も設置されておりWP(上水道、発電)とされ、近年では関係各所との協定によりダム容量の一部がF(洪水調整)に利用されています。
堤高149m、堤頂長353m、有効貯水量1億8540立方メートルの重力式コンクリートダムです。特徴的なのは洪水吐がダム堤体ではなく別の場所に設置されている点です。この洪水吐は非常に特徴的で小河内ダムの見所です。上の写真の真ん中上の方に5枚薄青のゲートが移っているのが洪水吐。少し右、2つの白い塔が立っているのがダムの堤体です。

なお、水がある(貯水率が高い)時の写真はこちらから。あまりの違いに驚くこと請け合いです。

上の画面でもわかりますが、小河内ダムは堤高149mでその高さなりにダム湖である奥多摩湖は「深い」のが特徴です。

この時期、木の葉がおちて堤体が見やすくなっています。2つある塔、左岸側(奥)は保守用のエレベータが設置され、右岸側(手前)は展望塔として公開されています。
右岸側には3段の展望広場が整備されており、この時期は…

木が白くなっているのはニホンザルが皮をめくって食べた跡です。小河内ダム付近は野生動物が多く、ニホンザルやニホンカモシカなどが見られます。これは見たくありませんが、ツキノワグマの目撃情報もあるので注意は必要です。
この時撮影したニホンザルの動画もアップしました。(画面小さいのでYoutubeでみるのをお勧めします)

2012年NC700Sとしてリリースされたころは大人気でした。すこしずつ人気が落ち、管理人の愛車2019年モデルで生産終了となってしまったNC750S。後期型は人気がなかった分、ツーリング中に出会うことがほとんどありませんが、ついにこの日が来ました。2018年モデルですが後期型。
いつもの奥多摩周遊道路、月夜見第1駐車場に入った瞬間にお互い気づき、声をかけていただきました。元はもっと大きなバイクからのNC750Sだそうで「ヒラヒラと軽く乗れるのがよい」のコメントは印象的でした。どちらかといえばユッタリ感が指摘されるNC750Sですが50kg以上軽くなれば確かにヒラヒラでしょう。
常用域のパワーも問題ないし、気に入っているとのこと。わが意を得たりです。

ほとんど違いがないと思っていましたが、意外と違いがあります。
| 2019年式 | 2018年式 | |
| ブレーキ | ABSモデルのみ | ABSあり/なし |
| クラッチレバー | 近くなっている | 遠い |
| マフラー | 樹脂装飾あり | 円筒管 |
| テールランプユニット | シンプルになっている | ちょっとかっこいい |
またカスタムはメーターバイザーを大型のバイザーに変更+エンジンガードが装着されていました。またリアサスは抜けて交換されたそうです。
しばし、NC談義を交わしたあと2018年式の方は都民の森方面へ2019年式は小河内ダム方面へ。
ツーリングのレポートはまた後日。
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