奥多摩に 降る雪の如 山桜
入間白岩林道の写真をアップする予定でしたが、少し先の奥多摩湖の留浦浮橋手前のヤマザクラの動画をアップします。留浦浮橋近辺はどちらかといえば秋の紅葉が有名ですが、ヤマザクラも植えてあり風が吹いた時の桜吹雪が素晴らしかったです。
次回は柳沢峠方面に向かいます。
ダムや海、山、川、岬を巡るツーリングを通し関東を主に日本の風景を紹介します
入間白岩林道の写真をアップする予定でしたが、少し先の奥多摩湖の留浦浮橋手前のヤマザクラの動画をアップします。留浦浮橋近辺はどちらかといえば秋の紅葉が有名ですが、ヤマザクラも植えてあり風が吹いた時の桜吹雪が素晴らしかったです。
次回は柳沢峠方面に向かいます。

チョコレートをもらった後、入間白岩林道経由で数馬に抜けます。この林道昨年は大雨の影響で崩れた所があり通行止めになっていましたが復旧したようです。全線舗装道で道幅も広く(林道としては)安心して通ることが出来ます。

今は花と芽吹きの時期。色々な花が咲いていましたがキブシが咲いているのが目立っていました。キブシは漢字で書くと「木五倍子」。音より文字が多いのは珍しいのではないかと思います。ちなみにかぎけん花図鑑によると4月6日の誕生花だそうです。

また林道わきを見るとミヤマキケマンが良く咲いていました。もっとも野草に詳しくないので後から人に聞いてこの名前までたどり着きました。協力していただいた皆様ありがとうございました。
次回は奥多摩周遊道路方面へ。

ヤマザクラとNC750Sを撮影していると反対側のお家のお父さんから声をかけられました。「家、文化財登録されてるからみていかない」とのお誘い。管理人こういうお誘いにめっぽう弱い。ハイハイハイっと坂を上ってお宅を撮影させてもらいました。特徴的なのが屋根。屋根裏を広くとっていてここでお蚕を育てていたそうです。

勿論、お蚕の話はすぐに分かったわけではなくお父さんが説明してくれました。建物のことやこの近所の昔からのことなど様々。いくつか挙げると
・お父さんは70年来ここに住んでいるが、日野で働いていた
・この近辺は田んぼは出来ないので麦を植えていた
・今、道路が通っているところも麦畑だった
・周りの斜面はお蚕の桑を植えていた(が今は切ってしまった)
・収入源はお蚕で八王子まで(馬で)運んで現金化していた
・上の写真の手前は馬小屋で馬と牛がいた
・周囲のヤマザクラは天然ではなくてお父さんが植えたもの
・冬場は30cm位雪が積もることもあるけど除雪がしっかりしているので生活には困らない
などなど。
極めつけは「お父さんのお母さんの実家はモノレールで登っていくので有名な小林家」とのことでした。
数十年前には周辺である程度の集落になっていたが、最近も一人なくなってしまった。と、寂しそう。実際、周囲には他に民家はあまりなくいわゆる限界集落の一つでもあるようです。しかし、春には山桜が美しく、秋には紅葉が素晴らしいこの豊かなロケーションは私から見ると羨ましくもあります。
豊かさと便利さの兼ね合いが近年間違っているのかもしれないと強く思いました。

話しているとキセキレイがやってきました。さほど珍しい鳥ではないようですが、都心では絶対に見ることが出来ない鳥です。すぐに飛んで行ってしまいましたけどね。
名残を惜しみつつ次の目的地に移動しようと準備していたら、お父さん家に入ってから追いかけてきたと思ったら板チョコ貰っちゃいました。話してもらった上に有難う。多いに手を振って、次の目的地に出発しました。
次回は入間白岩林道の様子を掲載します。

檜原村某所でヤマザクラが満開でした。その下にNC750Sを停めて撮影。去年もこの場所で撮影したのですが本当に美しい場所です。遠くを見ると山々が美しいのですが、曇りがちだったので写真はうまく撮影できませんでした。それでも下の写真のようにヤマザクラ交じりの緑が美しい。

檜原村の山々は人工的に植わっているのが杉が多く、落葉樹はモミジやヤマザクラなどで、この時期はヤマザクラの薄桃色が印象的です。上の写真は手前の杉にピントが行ってしまって、今一つの映りなのですが山々の美しさの一端を感じ取っていただければ幸いです。

この時期満開かつ散り加減のヤマザクラですが、少し出た葉の黄緑と花の薄桃色、奥の杉の濃緑をバックに写真にすると良く映えます。
写真撮影していると声をかけられました。これが今回のツーリングを最高にした出会いでした。次回紹介します。

最近のツーリング写真はネタ切れなので昨年の今頃どうしていたか振り返ると奥多摩某所に行っていたようです。いつも奥多摩ですがここは一回しか行っていません。

奥多摩はあちこち山桜が美しいところが多いですがそろそろ開花時期のようです。明日は少し時間が取れそうなので奥多摩方面にツーリングかな。

春というのに栗のイガが残っていました。勿論中身はからですし、もともと食用の木ではないのでイガも小さいです。奥野ダムの下流側下は奥野公園が整備されています。桜が植わっていたので開花時期はきれいだと思いますが、3月上旬では早すぎました。

奥野ダムの堤体高は63mとそれほど大規模ではありませんが、階段を下って登るのは大変です。20階建てのビル相当ですから。奥野公園から階段を這う這うの体で登ってきて右岸側から下流側堤体を撮影したのが上の写真です。左上に見えているのが管理事務所の建物で、その右側に駐車場が見えています。

降水量が少ない時期のせいか松川湖の水位はとても低かったです。松川湖の名前は地元の人たちが伊藤大川をそう呼んでいたから…あれ前回書いたかも。松川湖周りは4.8kmの遊歩道が整備されているそうですが、階段下り上りですでに体力売り切れです。そろそろ帰途につきます。

NC750Sを記念撮影して、小室山公園椿園から始まったこのツーリングの写真の終わりにします。帰りは国道135号→小田原厚木→東名→環八経由。環八でやや渋滞しましたが順調に帰宅しました。
次回から…忙しくてツーリングに行けてません。どうしよう。

奥野ダムの特徴はスキージャンプ台のような洪水吐です。二瀬ダムもスキージャンプ台に例えられますが、堤体に沿っています。奥野ダムはロックフィルダムなので別途ジャンプ台のような流路が設けられています。(上の写真中央部)

スキージャンプ台のような流路ですが斜度が大きすぎて上から斜面が見えません。残念。下には水の勢いを減じる減勢工が見えています。ちなみにこの写真の右側の壁沿いに下の奥野公園におりる階段があります。

階段を下って非常洪水吐の流路下から流路を撮影したのが上の写真。上の建物の見え方とか減勢工の大きさとかで距離感が分かると思います。結構階段を下ってきています。勿論この後、階段を上るのですが…大変でした。
次回は上りの道々撮影した写真を掲載します。

小室山公園椿園を堪能した後は奥野ダムに向かうことにしました。奥野ダムへの経路は伊東市街地側からと一碧湖側からがありますが小室山からは後者が近道です。吉田交差点から一碧湖に抜けて一碧湖畔の別荘地を抜けると大室山に至ります。大室山は以前リフトや頂上からの写真を紹介したので今回は通過。でも、NC750Sの記念撮影は欠かせません。

奥野ダムは巨大というほどではありませんが、比較的大きなロックフィルダムです。伊東市街地からは15分程度で到着できるアクセスしやすいダムです。奥野は地区の名前でダム湖の「松川」は地元の人たちが伊東大川のことをそう呼んでいたのを踏襲したようです。主な目的は治水で、上水道、水力発電の水源としても使用されているそうです。

松川湖は冬の雨の少ない時期のせいか水位が非常に低かったです。手前に見えているのが自然越流式の洪水吐。越流側も特徴的ですが放流側は更に特徴的です。次回は放流側の写真を掲載します。
このところ本業多忙で掲載が滞っていました。今しばらくは忙しそうですが、引き続き掲載していきますのでよろしくです。

この椿は天ヶ下。一つの木につく花が非常に異なるのが特徴で紅色一色の花や紅地に小さな白い斑入り、大きな白い斑入り、ほとんど白など様々な花が着きます。天ヶ下の命名の由来はハッキリしないのですが、様々な花の変化を謀反に向かう明智光秀の心移りに見立てたものだと勝手に思っています。

日本各地の椿生産者を集めて大会を催した際の記念植樹に各地名を彫った石碑が立っているのですが…、墓石状態です。もうちょっと良い見せ方があるような気がします。この各地写真に写っているのはごく一部で数十は確認できました。管理人の出身、高知県の「高知県高知市」の碑もありました。

大正5年竣功が示された忠魂碑がありました。陸軍中将田中義一書の文字が確認出来、後の首相となる彼は確かにその当時陸軍中将だったようです。祀られているのは日清戦争以来の戦死者のようで明治二十八年や奉天などの文字が確認出来ました。(少し暗くてよく見えませんでしたが…)合掌。
次回は大室山を経由して奥野ダムに向かいます。
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