ダムや海、山、川、岬を巡るツーリングを通し関東を主に日本の風景を紹介します

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小河内ダムの貯水率+水位を見るツーリング

桜には早いが梅花に会えた

奥多摩某所で満開の梅とNC750S(2026年2月)
奥多摩某所で満開の梅とNC750S(2026年2月)

例年の撮影スポットです。桜には早かったですが、梅が咲いてました。

月夜見第一駐車場からの風景

月夜見第一駐車場から奥多摩湖と小河内ダムを望む(2026年2月)
月夜見第一駐車場から奥多摩湖と小河内ダムを望む(2026年2月)

色々印象的な風景です。奥多摩湖の水位が少ないのに加えて葉の落ちた山と赤黄色っぽくなった山。葉が落ちているところは広葉落葉樹が分布しているところで、赤黄色っぽいのは…杉。

なお東京では杉を減らして広葉樹林に戻すように進められています。単に切って植え替えればよいというものでもなく、特に植え替え直後は鹿の食害から守るための作業が必須でなかなか大変な事業です。予算が潤沢な東京でこそ進められる事業かもしれません。

深山橋は橋脚まで丸見え

現在の深山橋と古い橋の橋脚基礎?(2026月2日)
現在の深山橋と古い橋の橋脚基礎?(2026月2日)

深山橋の手前右側に見える二つの人工物は昔の橋の橋脚の基礎か?調べてみましたがはっきりしませんでした。橋の付近には集落があり、特に分教所もあったようなので年配の方にはとても懐かしい…かも。

小河内ダムと余水吐き

小河内ダム堤体と洪水吐(2026年2月)
小河内ダム堤体と余水吐(2026年2月)

ここまで水位が下がっているのは管理人が小河内ダムに通い始めてから初めてです。写真左側の5門の余水吐きゲートがいつもより小さく見えます。(実際にはとても大きい)

ダム建設時の遺構

小河内ダム建設時のコンクリート資材加工場の遺構(2026年2月)
小河内ダム建設時のコンクリート資材加工場の遺構(2026年2月)

左岸にはダム建設時の遺構が見えていました。ここでコンクリート打設用の資材を集め、セメントを加えてコンクリートをダム堤体にコンベアで運んでいたようです。なお「冷凍工場」も設置されて、当時かなり最先端の工法であるコンクリートの強度を低下させる温度上昇を氷や冷水で防ぐこともされていました。

写真左側手前に「島」のように見えていますが、元々水面から見ると「尾根」があった場所です。普段の水位では完全に見えませんが、かなり露出していました。ここに行けばよい写真が…と思いましたが残念ながら立ち入り禁止でした。

高度感がある、小河内ダム堤体。

小河内ダムの堤体(2026年2月)
小河内ダムの堤体(2026年2月)

下の白くなっている部分が貯水率約60~70%の水位です。

では、現在の貯水率は…

小河内ダムの貯水量と貯水率(2026年2月)
小河内ダムの貯水量と貯水率(2026年2月)

37.8%です。これだけ水位が下がってもまだ40%近く残っているのかというのが管理人の驚きです。

なお、現在では東京都内の水道水は利根川、荒川流域から取水されたものが多くを占めるので小河内ダムの低水位は直接には東京都心の水道事情には影響しません。とはいえ、命の水です。大切に使いましょう。

ダムの水位確認と食材仕入れのツーリング

久々に暖かくなった週末。ダムの水位がどうなっているか見に行きながら、鮮魚+ジビエを買う食材仕入れツーリング。アクアライン→内房→鴨川→猟師工房→アクアラインの経路で行ってきました。

猟師工房で聞いた話なども含めて。

まずは郡ダム

郡ダム堤体とNC750S(2026年2月)
郡ダム堤体とNC750S(2026年2月)

NC750Sの奥に見えているのが郡ダム堤体です。NC750Sを購入した最初のダムツーリングは郡ダムでした。単なる土手に見えますが、千葉県に多いアースダムの一つです。このダム、工業用水の取得を目的に建設されましたが、資材として鉄工所からの廃棄物である鉄鋼スラグを使用したことで問題が発生しました。具体的にはためた水が強アルカリ性になってしまい…結局工業用水としてはほとんど使用されることがないまま現在に至っています。

強アルカリ性なので魚の生息も困難でかつ千葉県のダムに多い釣りサイトとしての活用もされていません。(というより釣り禁止)苦肉の策として現在はウォータースポーツの聖地として活用する方向です。

郡ダム水面とNC750S(2026年2月)
郡ダム水面とNC750S(2026年2月)

猟師工房ランド

猟師工房ランド内装(2026年2月)
猟師工房ランド内装(2026年2月)

数多くの牡鹿のトロフィー。もちろん本物でかつ売り物です。作り方はいろいろあり、「地面に埋める」、「2時間煮る」、「放置してウジ虫に食べさせる」…など。写真に写っているのは煮たものが主だそうです。ちなみにウジ虫に…のものは骨の成分が残るのか艶のある仕上がりになるとか。

じっくり見てみるとそれぞれに個性があります。角が立派なもの、小さいもの、左右非対称のものなど。

特に個性的だったのは老牡鹿

老牡鹿のトロフィー(2026年2月)
老牡鹿のトロフィー(2026年2月)

これは牡鹿のトロフィーです。下が鼻先、手のあたりが角の付け根です。その途中に左右に並んでいるのが歯…のはずですが、数本の奥歯を除いて歯根の穴しか残っていないのが分かります。鹿も年を取ると歯が少なくなっていくようです。また角も元気なうちは3段に成長し、またケンカ角(左側奥の鹿の角の付け根から分岐して出ている角)が出るのに年を取るとこれも小さく、あるいは出なくなるとか…。何か身につまされます。

狩猟されたキョンを見学しながらお話

止め刺しされたキョン(2026年2月)
止め刺しされたキョン(2026年2月)

ジビエとして利用する場合、捕獲は罠猟です。生きた状態で捕獲し現場で止め刺しします。そのあと運搬、解体、精肉となるのですが運搬してきたところを撮影。

この後しばらくお話をさせていただき

  • とった鹿やキョンなどにはマダニがついているケースがあるので要注意
  • 食用には止め刺しから2~3時間で内臓を出す必要がある
  • 角はキーホルダーなどに加工するのがおすすめ
  • 最近、キョンがとてもよく取れて鹿、イノシシも増えてきた、ニホンザルはそれほどでもない
  • この時期のメスはどの動物もお腹に子供がいることが多い
  • 房総半島のキョンは椿や山茶花の花や落花をよく食べるが、大島のキョンはあまり食べないらしい(明日葉をよく食べる)
  • キョンは背が低いので低い位置の草花が特に大好き。パンジーは植えたはなから食べられる(泣)
  • 鹿は草食性で分布域にその背丈が届く範囲で葉や皮が食べられるdeer lineを形成するが、それより小さいキョンはより低いキョンラインを形成する
  • 鹿は草食性だが鉄分が必要な時は鉄道の線路をなめに来て、時にはねられる。これを防ぐため古い線路を脇に置いたが効果なし。毎日、車輪で削られている線路の方がおいしいらしい。
  • 耕作放棄地は鹿やキョンの楽園になりがち。

などなど興味深い話をお伺いしました。また、解体所の準備も進んでいて近日中にキョンを購入できるようになるかも…とのことでした。再訪をもくろんでいます。

猟師工房看板とNC750S(2026年2月)
猟師工房看板とNC750S(2026年2月)

奥の看板「猟師工房」の下に「命の学校」と書いてあります。地元の子供たちに狩猟を通じてさまざまなことを伝えているようです。えらいことです。

低水位ではあるがカラカラでもなかった笹川湖

かなり定水位の笹川湖(2026年2月)
かなり低水位の笹川湖(2026年2月)

今年の冬は雨が少なかったので各地で渇水気味とのニュースがあります。片倉ダムの笹川湖の様子は低水位でした。いつもいる釣りボートがいないのは低水位が関係しているのか時期の問題か?

片倉ダム堤体とNC750S (2026年2月)
片倉ダム堤体とNC750S (2026年2月)

まだ早い時間(14:30)でしたが、アクアラインの渋滞を避けるため帰途につきました。が、表示された料金をみてびっくり!高ってなりました。13:00~19:00は1600円×0.8の1280円。だから、京葉道路側が渋滞していたのですね。

愛媛県3ダムツーリング 黒瀬ダム

赤いクレストゲートはどこかで見たような…

県道12号線から黒瀬ダム堤体を望む(2025年5月)
県道12号線から黒瀬ダム堤体を望む(2025年5月)

志河川ダムを後にして次に向かうのは帰途の国道194号線から県道12号線に入ってすぐの場所にある黒瀬ダム。黒瀬ダムは堤高61mで中型の重力式コンクリートダムです。赤い2門のクレストゲート(ラジアルゲート)が四国で昭和40年代から昭和50年代に竣功したダムの特徴?(鏡ダム大渡ダムなど)

ダムの目的はF(洪水調整)N(不特定用水)I(工業用水)P(発電)です。当初FNIでしたが、昭和50年代の水力発電ブームで昭和57年にPが追加されたそうです。(公式)

県道から直接堤頂上道路につながるダム

黒瀬ダム標識とNC750S(2025年5月)
黒瀬ダム標識とNC750S(2025年5月)

神奈川の城山ダムのような幹線道路ではありませんが、黒瀬ダムの堤頂も道路になっており自動車やバイクでも通行可能です。

黒瀬ダムを上流側から望む

黒瀬ダム堤体を上流左岸から望む(2025年5月)
黒瀬ダム堤体を上流左岸から望む(2025年5月)

手前に取水設備があり、奥に二門のラジアルゲートの上流側が見えています。かなり放水した状態で、雨が少なかったためにこのような水位になっているのか洪水のための事前放流かは分かりませんが、時期的には前者と思われます。

おかげでゲートが良く見えますが、これからの農繫期にかけて水不足にならないことを祈りましょう。

これでこのツーリングのダム巡りは終了。国道194号を高知県側に走って帰途につきます。往路の国道494号線に比べると圧倒的な快走路。途中には大橋ダム長沢ダムなどアクセスのよいダムがありますがおとなしく帰宅しました。

総走行距離267kmで燃費は33.1km/l。信号が少ないのですが、494号では流石に燃費は伸びません。

次回は、439号を走ります。

愛媛県3ダムツーリング 面河ダム

面河ダムまでの道のり

管理人の実家から国道194号線を経由し、酷道で有名な439号を西向きに進みます。ただしこの区間はちゃんとした2車線で快走路です。そして494号線へ。橋を渡って集落の中を少し東向きに走った後、山に向かって登っていきます。当初はさほどではありませんが、山中を進むに従って酷道感が増します。

1車線道路で舗装はされているので危険は感じませんが、やや舗装が傷んでいる箇所では気を遣いました。また意外と交通量が多いので前からくる4輪車との待ち合わせは所々であります。

高知県側は渓流に沿って道路があり、所々で渓流に降りて風景を楽しめるのは楽しいものです。

面河ダムの役割は非常に大きい

面河ダム記念碑とゲート機械室(2025年5月)
面河ダム記念碑とゲート機械室(2025年5月)

面河ダムは四国愛媛県の石鎚山の西側、仁淀川水系割石川に建設されています。堤高73.5mの重力式コンクリートダムで規模的には中型のダムです。目的はAIPです。その役割は特に灌漑において非常に大きく雨量が少ない愛媛県道前道後地域に農業用水を供給しています。

戦後、愛媛県道前道後地方の安定的な灌漑を図るために計画されましたが、仁淀川水系の既得利水権はお隣で下流の高知県にあり交渉が必要でした。当初、目的にはW(上水道)が含まれ人道的な観点から概ね合意にこぎつけていました。しかし予算等の都合でこれがI(工業用水)に入れ替えられたことで高知県側は態度を硬化。結局両県の担当者の懸命な交渉でなんとか計画が進み始めたそうです。

なお「水徳洽豫州」は「水の徳、豫州を洽(うるお)す」と読みくだせます。豫州は愛媛県の旧国名伊豫のこと。うるおすをあえて「潤」ではなく「洽」としたのは「いきわたる」という意味を含んでいるからかと管理人は思ってます。

面河ダムは大変な工事を経て1967年竣工

面河ダム上流側から堤体を望む(2025年5月)
面河ダム手前駐車場の説明(2025年5月)

高知県側に流れる割石川をせき止めて愛媛県側に導水するには分水嶺を超える必要があります。このため石鎚山麓に導水用のトンネルを建設し愛媛県側の中山川などまで導水しています。

この導水は「虹の導水」と呼ばれ、これにより過去には水争いで死者が出ることもあった同地方の灌漑状況は大幅に改善されました。規模的にはありふれたダムですが、果している役割はとても大きいのです。
参考 面河ダム 虹の用水へ挑んだ人々 (読み物としても面白いです)

面河ダム天端の面河堰堤表示(2025年5月)
面河ダム天端の面河堰堤表示(2025年5月)

ダムではなく堰堤表記になっていることから古いダムであることがわかります。堤頂長は159 mで往復しても大した距離ではありません。左岸側に管理事務所があり、右岸側は…行き止まりです。

面河ダム天端から発電所を望む(2025年5月)
面河ダム天端から発電所を望む(2025年5月)

ダム下流には発電所がありますが、簡単に降りていくことはできません。むしろ国道494号線からは下流側が近く、ダム堤体にたどり着くには一旦国道494号線から県道153号方面に西進する必要があります。

険しい山中の難工事であったことは思い遣られ、実際ダムに直接ダンプカーでコンクリートなどの資材を運び込むのは困難で索道を張った循環バケットが使用されたとか…。

実際、多くのダムでは山の中でもある程度の道幅が確保されていることがほとんどですが面河ダムへのアプローチは建設当時大型車が行き来できる感じではありませんでした。(近年は改良されていると思われます)

面河湖(2025年5月)
面河湖(2025年5月)

面河湖です。風景を堪能して次の目的ダムに移動します。

次は志河川ダムです。

奥多摩ツーリング

初夏の奥多摩は新緑が目にも鮮やか

足元にはマンネングサ

マンネングサ@奥多摩(2024年6月)
マンネングサ@奥多摩(2024年6月)

林道はマムシグサの花盛り

マムシグサ@奥多摩(2024年6月)
マムシグサ@奥多摩(2024年6月)

林道の様子

マムシグサとNC750S(2024年6月)
マムシグサとNC750S(2024年6月)

林道入間白岩線の様子。完抜林道で基本的に舗装されていますが、一部舗装状態の悪い場所があります。NC750Sだと問題なし。XL883Nだと…避けるかな。

月夜見第一駐車場から奥多摩湖、小河内ダムを望む(2024年6月)
月夜見第一駐車場から奥多摩湖、小河内ダムを望む(2024年6月)

ここからの小河内ダム撮影は定番。昨シーズン一緒に撮影していたススキが刈られているのが少し残念。

道の駅たばやまのジビエバーガー(2024年6月)
道の駅たばやまのジビエバーガー(2024年6月)

道の駅たばやまで食事。さらに柳沢峠を越えて…と思っていましたが、日ごろの疲れが抜けておらず、この日はこのまま帰りました。

帰って、チェーンの錆を落として、フロントフォークを磨いて…少しだけNC750Sの手入れをしてやりました。次の機会は体調整えて、遠出しようと思ってます。

中筋川ダムツーリング(前編)

高知県道21号線(土佐清水宿毛線)

大半夏?の若芽と仏炎苞(2024年5月)
大半夏?の若芽と仏炎苞(2024年5月)

アクセスが大変とされる高知県西部ですが、管理人にとっては出生地・幼少期過ごした場所でもあり、母の出身地でもあるのでなじみ深い場所です。その当時はダムに目覚めていなかったので、今回「中筋川ダム」にダムツーリング。

ただし今回別に予定があった上にタイトルの「高知県道21号線」がなかなか魅力的で駆け足の取材でした。上の写真は県道の大半夏カラスビシャク?です。関東地方にも分布しているらしいのですが奥多摩では見たことが…ありません。

トンネルを抜けるとダムだった

高知県道21号線から見る中筋川ダム(2024年5月)
高知県道21号線から見る中筋川ダム(2024年5月)

高知県道21号線の土佐清水側(下ノ加江)からアプローチすると林道っぽい道が続きます。国道56号線の合流近くに中筋川ダムはあります。単にダムにアプローチするだけなら国道からのアプローチの方が圧倒的に早いです。

なお国道56号線の南(地名 平田)にダムがあり、北は芳奈(よしな)という場所。ここが母、祖母一族の出身地。

NC750Sと中筋川ダム(2024年5月)
NC750Sと中筋川ダム(2024年5月)

中筋川ダム諸元

中筋川ダムを展望所から望む(2024年5月)
中筋川ダムを展望所から望む(2024年5月)

詳しくはこちらで。中筋川は渡川水系に属していて有名な四万十川の主な支流の一つ。下流の中村で合流します。

中筋川ダムは降水量の多い高知県西部地方で洪水を防ぐことを主目的としてFNAWIの多目的ダムです。形式は重力式コンクリートダムで堤高73.1mの下流側堤体に設置された段状の構造が特徴的です。

この構造は深城ダムの減勢工下流にも似ていて、デザイン的には美しく越流時には減勢工の役目も果たすようですが「ゴミが溜まりやすい」という弱点もあるとか。

中筋川ダム堤体正面

NC750Sと放流中の中筋川ダム(2024年5月)
NC750Sと放流中の中筋川ダム(2024年5月)

中筋川ダムの堤体正面はダムサイトから県道21号線を国道56号線方向に少し北上した場所にある管理用道路からアクセスできます。特に施設はありませんが、堤体正面直下からダムを愛でることが出来ます。

2門の常用吐きゲートと自然越流式のゲートが良く見えます。確かに自然越流している様子は見ものと思われます。(が、そんな洪水時は立入禁止でしょう。)

まだまだ見どころがありますが予定の時間をオーバーし、後ろ髪をひかれながら次の目的地、土佐清水に向かいます。

1日3ダムツーリング(永瀬ダム)

高度感がかなりある永瀬ダム

永瀬ダム堤体を右岸下流から望む(2024年1月)
永瀬ダム堤体を右岸下流から望む(2024年1月)

永瀬ダムは高知県営ダムの中で堤高(87m)、有効貯水量(49,090,000㎥)ともに最も規模が大きいダムです。重力式コンクリートダム目的はFAP(洪水調整、灌漑、発電)です。

着工1949年/竣工1956年で同時期に竣工した小河内ダム(1936年着工/1957年竣工)に比べるとかなり早くできています。もちろん小河内ダムは太平洋戦争を挟んでいる上、規模もかなり異なりますが。

「永瀬堰堤」の前でCT125(2024年1月)
「永瀬堰堤」の前でCT125(2024年1月)

CT125(レビューのリンク)の記念撮影。このときキーONで4速に入っていたので取り廻しているとおしがけ状態になり、実際エンジンがかかりました。エンジンOFFしてすぐだったので完全なコールドスタートで押しがけ出来るかは…不明です。

永瀬ダムの「はいられん」(2024年1月)
永瀬ダムの「はいられん」(2024年1月)

「はいられん」は土佐弁で「はいってはいけません」の意味です。方言で注意喚起があるのは珍しいかも。

永瀬ダムゲートの直上から(2024年1月)
永瀬ダムゲートの直上から(2024年1月)

高度感があります。ゲート前の橋はゲートの点検保守用でしょうがおよそ歩きたいとは思いません。さらに、ゲートのそれぞれのアームにおりる梯子がついていますが、正直「マジか…」。

永瀬ダムについて(2024年1月)
永瀬ダムについて(2024年1月)

「この人々の影の協力を末永く忘れてはなりません。」すべてのダム、いやインフラを作り、維持し、運営してきた人たち通じる言葉だと思います。

竣工年が古いダムにはありがちですが、周りの欄干などが低く、堤高に比べてダム周りは非常に高度感があります。川治ダムも怖かったですが、永瀬ダムも負けず劣らず…。

この後、杉田ダムの動画を撮影して帰宅しました。これで高知県営3ダムツーリング終わり。

1日3ダムツーリング(杉田ダム)

杉田ダムの放流をバックにCT125(2024年1月)
杉田ダムの放流をバックにCT125(2024年1月)

午前中に桐見ダムを取材して自宅で昼食。昼からは物部川水系物部川の永瀬ダムを目指します。その途中、国道195号線沿いにあるのが物部川にある杉田ダム。「すぎた」ではなく「すいた」と読むのは珍しいです。

杉田ダムは堤高44mの重力式コンクリートダム目的はP(発電)の最近ではやや珍しい単目的ダムです。 特に大ダムというわけではありませんが放流時の水音はなかなか迫力があります。

なお発電目的での放流は見えているゲートからではなく発電建屋経由で放流されます。 動画ではゲートから放流される様子を下流側とゲート直上から撮影した様子を紹介しています。後者はなかなかの迫力、是非再生してみてください。(音量注意)

ゲートの塗装がきれいなので新しく見えますが、竣工は1959年。意外と古いダムです。

25番堰堤札所のポスト(2024年1月)
25番堰堤札所のポスト(2024年1月)

ダムが多い四国ですから88か所を設定するのは首肯できます。杉田の上に「すいた」と書いているのは、普通に読めないことの自覚があるようです。

杉田ダムの天端(2024年1月)
杉田ダムの天端(2024年1月)

杉田ダムの天端です。歩行者は渡ることができます。古いダムなので欄干は苔むしていますが最近塗装したグリーンと黄色が新しく感じさせます。

この国道195号線はツーリング経路としても面白いのですが、最も有名なのは「アンパンマンミュージアム」…は通り過ぎて永瀬ダムに向かいます。

1日3ダムツーリング(桐見ダム)

桐見ダムは国道33号線から少し入ったところ

桐見ダムをバックにCT125(2024年1月)
桐見ダムをバックにCT125(2024年1月)

桐見ダムは高知県越知町にあり高知市側からアプローチする場合、国道33号線が坂折川を渡る橋の手前で左折し県道18号線を少し進んだところにあります。

桐見ダムの天端(2024年1月)
桐見ダムの天端(2024年1月)

ダムの天端は渡ることができて桐見ダムのダム湖である桐見湖を一周することができます。天端奥左から正面の少し上に見えているのが桐見ダム展望広場です。

桐見ダムを下流側から望む(2024年1月)
桐見ダムを下流側から望む(2024年1月)

桐見ダム右岸側からはダム直下に降りることができます。結果的にはCT125で降りられますが、降りてみるまで道路状況がわからなかったので念の為徒歩で折りました。

重力式コンクリートダムの堤体にはコンジットゲートと6つの窓がついたの機械室が正面にあり、右岸側にややオフセットしてコンジットゲートが見えています。クレストゲートはなく自然越流式の非常洪水吐が設置されています。

竣工は1988年。目的はFNです。建設された理由は下流にある越知町の集落が度々洪水に悩まされていたことと明記されているので、当初の目的は洪水調整ですが下流の農地への灌漑用水の補給のため「流水の正常な機能の維持」が加わっているものと思われます。なぜFAではないのかはわかりません。

なお桐見ダムは高知県営で県営ダムの中では4番目の貯水容量規模です。(堤高は69m)

謎の裸婦、裸男像?

桐見ダム展望広場の裸像(2024年1月)
桐見ダム展望広場の裸像(2024年1月)

ダムの右岸には展望広場があります。そこには謎の像が…実は謎ではなくダム竣工時に寄贈されたものだそうです。楢俣ダム同様、何故、裸婦、裸男なのかはやっぱり謎です。(経緯は手前の石碑に書いてありました)ちょっと傷んでいるようなので補修したほうが良いのでは…。

国道33号近くの名も無き沈下橋

坂折川の名も無き沈下橋(2024年1月)
坂折川の名も無き沈下橋(2024年1月)

実際結構小さいです。もちろんCT125なら余裕で渡れますが通常の乗用車では…農作業用の軽トラやトラクター用と思われます。

一旦、自宅に帰ってお昼を食べてから再出発。

紅葉満喫ツーリング(柳沢峠)

国道141号から都心方面の自宅に帰る場合、最も一般的で近いのは中央自動車道を使って高井戸→環八のルートです。この日は須玉ICから乗りましたがすでに結構な長さの渋滞表示になっていました。

中央自動車道が混雑するとき国道20号線も混雑することから、勝沼ICで一般道に降りて、フルーツライン→青梅街道(国道411号)で都心に向かうことにします。青梅街道といえば富士山。

柳沢峠からみる富士山は紅葉に埋もれ気味

紅葉に埋もれ気味の富士山(2023年11月)
紅葉に埋もれ気味の富士山(2023年11月)

柳沢峠の甲州市側で撮影

柳沢峠でNC750S(2023年11月)
柳沢峠でNC750S(2023年11月)

食後はやや夕焼けの富士山

柳沢峠から富士山を望む(2023年11月)
柳沢峠から富士山を望む(2023年11月)

さすがに空腹になったので蕎麦など食べてから帰途につきます。青梅街道の途中も紅葉・黄葉が綺麗なはずでしたが流石に暗く楽しむことはできませんでした。

青梅街道は特に渋滞もなくほぼ400kmのこの日のツーリングを終了。これを書いているのが2週間後。もう一度、紅葉ツーリングが可能かどうかのタイミングですね。

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