ダムや海、山、川、岬を巡るツーリングを通し関東を主に日本の風景を紹介します

カテゴリー: 夏 ( Summer in Japan ) (5ページ目 (9ページ中))

仁淀川中流域の風景

桐見ダムに向かったはずが…

GW中とはいえ仕事に追われているある日、あまり遠出はできないので実家から比較的近い桐見ダムにツーリング…のはずが道に迷って行きつけず。結局国道56号に出て須崎→土佐市→いの町で帰宅することに。

途中八田堰(の跡)に立ち寄りダムに行けなかった悔しさを晴らしました。

土佐の名臣 野中兼山が建設を主導した八田堰(の跡)

八田堰(の跡)を下流左岸から望む
八田堰(の跡)を下流左岸から望む

八田堰は江戸時代初期、土佐藩の野中兼山が主導し建設され、昭和30年代に近代的な堰に改修されました。石組の堰は改修はされましたが堰の配置や形状は踏襲されている様です。特に流れの勢いを受け流すために流路に対して斜め(google mapへのリンク)に堰を作っているのはよく考えられているなあと思わされます。

野中兼山は学もあり謹直かつ実行力があり名臣と言って間違いないと思います。実際その功績で藩財政を好転させています。しかし多くの建設を行う上で農民に苦役を課したり、家臣に倹約を強いるなどの理由で罷免されてしまいます。

実際の理由は郷士を優遇したことが上士に妬まれたことだと管理人は思っています。優秀な人が有能だが身分の低い人を抜擢して能力の無い身分の高い人に恨まれるというのは古今東西小説の筋で出てきそうな話です。

罷免後、本人は数ヶ月後に病死。家族は気の毒なことに土佐藩西部宿毛に移され幽閉され子孫を残すことが禁じられました。ひどいなー。

南の谷排水機場

国交省南の谷排水機場
国交省南の谷排水機場

仁淀川中下流域は仁淀川自身が作った平野が広がり古くから田畑が開発されてきました。平野であるが故に低い土地が多く洪水による被害が多発してきました。

堤防を作り対策をしていますが、降雨時に水面が高くなると周囲から普段は流入している支流に逆流して支流側で洪水が発生します。そのため、支流の合流点に堰をつくって支流側の水をポンプで本流に流す設備が排水機場です。

仁淀川紙のこいのぼり

仁淀川紙のこいのぼり
仁淀川紙のこいのぼり

新型コロナの影響で2年間中断がありましたが、今年は仁淀川紙のこいのぼりが開催されました。国道33号線の仁淀川橋からその様子を撮影したのが上の写真。川の中にこいのぼりが泳いで(動画)います。

この場所、こいのぼりの時期はもちろんたくさんの人で賑わいますが、普段でもシーズンになればキャンプや水泳を楽しむ人々で賑わいます。いわゆる「仁淀ブルー」はこの場所よりだいぶ上流ですが、十分綺麗な水を楽しめます。

「紙の」の秘密

紙のこいのぼり
紙のこいのぼり

紙を水に泳がせたら溶けるのでは?と思いますよね。紙と称していますが、一般的には「不織布」と呼ばれているものです。製法が紙と近いのでそう呼んでいるのでしょう。なお高知県いの町は今でこそ「仁淀川」推しですが、平成の大合併以前は「紙の町」推しでした。そんな事情もあって「紙の」なんだと思います。

今回の記事を書くにあたって八田堰を調べているといの町関連のサイトでは「八田堰の跡」と表記されていました。現在も八田堰として運用されているので「の跡」は要らないように思うのですが事情をご存知の方教えて下さい。

次回はもう東京に帰ります。このGW、仕事に追われてあまりあちこちいけなかった。休み中の時間をあてにして日程立ててはいけませんね。

奥利根3ダムツーリング 人生初ダム○○○ 奈良俣ダム編

奈良俣ダムは突然現れる

奈良俣ダムの堤体(2021年7月)
奈良俣ダムの堤体(2021年7月)

奈良俣ダムは群馬県道63号を走っていると突然堤体が現れます。この場所からは歩いてダム堤体に上ることが出来る遊歩道が整備されているようでした。が、歩きません。奥野ダムでダムを徒歩で上り下りするのは懲りました。シンプルな直線の洪水吐が潔さ?を感じさせます。車両で堤体に上る登り口は県道63号をもう少し片品方面に走り龍洞を超えた所を左折します。

奈良俣ダムのあれこれ

NC750Sと奈良俣ダムの碑(2021年7月)
NC750Sと奈良俣ダムの碑(2021年7月)

奈良俣ダムの石碑の前でNC750Sの記念撮影。奈良俣ダムはいろいろと話題があります。その1、ダムは「奈良俣」ダム、川は「楢俣」川、ダム湖は「ならまた」湖。なぜこんなに表記を分けたのでしょう。その2、前々回の須田貝ダムは楢俣ダムと命名されていた。しかし奈良俣ダムが出来る際に須田貝ダムに名称が変更された。へーです。

奈良俣ダムの堤体を左岸から望む(2021年7月)
奈良俣ダムの堤体を左岸から望む(2021年7月)

奈良俣ダムは堤頂高158mでロックフィルダムでは日本で3番目の高さを誇ります。高さだけでいえば矢木沢ダムよりも高いのですが高度感はありません。ただスケールの大きさに圧倒されます。なお洪水調整やかんがい、上水道利水などの目的を持つ多目的ダムです。

多目的の中でも水道水の供給が多く、群馬県2.435t/秒、茨城県0.179t/秒、埼玉県0.951t/秒、千葉県2.41t/秒、東京都2.07t/秒が供給されています。群馬県自身が使用する量より他都県に供給する量の方が多いのです。矢木沢ダムには東京都民が頭が上がりませんでしたが、奈良俣ダムには都民に加え千葉、埼玉、茨城県民も感謝せねばなりません。東京首都圏を利根川上流域の雪解け水が支えている構図がここでも見て取れます。

発電は12,800kWの発電能力であまり大きくはありません。この記事の一番最初の写真の右側にあるのが発電所です。

突然男性の裸像(2021年7月)
突然男性の裸像(2021年7月)

奈良俣ダムの最も特徴的なのは男性裸像かもしれません。由来、来歴はよくわかりませんが夏の青い空と雲、巨大なダム堤体に男性裸像。「なぜだ」と心の中で呟きました。

奈良俣ダムの洪水吐(2021年7月)
奈良俣ダムの洪水吐(2021年7月)

下から見てまっすぐな洪水吐は上から見てもまっすぐです。そりゃそうだ。下流側左手に発電所があり奥に見えている道路が群馬県道63号です。目立った減勢工がありませんでしたが、流れ落ちた場所の水深が深そうなので護岸された水深の深い減勢工になっているのかもしれません。(推測です。)

奈良俣ダムの周りは小ダムがたくさん

  • 奈良俣ダムから見える小ダムの一つ。やや広めの自然越流式洪水吐が特徴的。
  • 奈良俣ダムから見える小ダムの一つ。狭くて高さのある自然越流式洪水吐が特徴的。
  • イヌの顔のように見える堤体が可愛らしい。でも泣きながら吐いているようにも見えます。ちょっとかわいそう。
  • ピンボケでごめんなさい。ダムの奥の植物がかなり育ってダム堤体の上の方まで来ています。かなり土砂で埋まっている様子です。

奥利根のダムの特徴は接する山から直接雪解け水が流れ込むことです。奈良俣ダムもそうで、各所からの土砂流入を防ぐためと思われる小ダムが各所にあります。確認できただけでも4基あってそれぞれデザインが特徴的でした。

奈良俣ダムの洪水吐ゲート(2021年7月)
奈良俣ダムの洪水吐ゲート(2021年7月)

奈良俣ダムの洪水吐ゲートです。このゲート中々面白い構造になっていて、低水位を維持する場合中央のゲートを上げてゲートの下から放流します。中くらいの時ゲートをおろしてゲートの窓から放流します。更に洪水になると自然越流式になり左右から越流する仕組みのようです。面白いですね。

人生初はダムカレー

人生初のダムカレー(2021年7月)
人生初のダムカレー(2021年7月)

タイトルの○○○は「カレー」でした。あちこちのダムには行くのですが、ツーリング中にあまり食事をしないのとカレーそのものがそこまで好きなわけではないのでこれまで食べたことがありませんでした。この日は須田貝ダムから始まり矢木沢ダムを歩き回り、奈良俣ダムでまた歩き回り写真撮影。朝食も食べていなかったので思い切ってダムカレーに挑戦(大袈裟)。

注文してしばらくして出てきたのがこれです。奈良俣ダムのロックフィル感と洪水吐を福神漬けで表現しているところが中々良いです。またロックフィルダムからカレーが漏れないようにライスは結構硬めに成形しているところなど中央遮水土を彷彿とさせます。管理人にはご飯がみっちり成形されていた分ちょっと多かったかもですが味は上々。

満腹の後は、奥利根ゆけむり街道を走破します。

奥利根3ダムツーリング 見どころが多い矢木沢ダム編

流石に大きい矢木沢ダム

矢木沢ダムは堤体高131mのアーチダムです。東電の管理用道路を進むと堤体が見えてきますが、道路とダムの位置関係からほぼ正面からみることになるのでアーチがあまり感じられません。この橋を越えて直進すると発電所(但し一般車進入禁止)、左折して一気にダム堤体高分を登って駐車場に至ります。

管理用道路から見る矢木沢ダム(2021年7月)
管理用道路から見る矢木沢ダム(2021年7月)

矢木沢ダムのダム湖は「奥利根湖」

奥利根湖の表示と奥利根湖(2021年7月)
奥利根湖の表示と奥利根湖(2021年7月)

駐車場にNC750Sを停めて、管理事務所を抜けてダム湖側に出ると「奥利根湖」の表示があります。奥利根湖は小河内ダムの奥多摩湖と比べると少し多い貯水量を持ちます。特徴的なのは地図で見ると非常にギザギザとした形をしています。これは周囲の山地からの雪解け水がそのまま小さな谷をつくりながら流れ込むことが原因と考えられます。奥多摩に比べると奥利根は圧倒的に積雪量が多い豪雪地帯です。

水はすべての生命 ー 瑞雪

水はすべての生命(2021年7月)
水はすべての生命(2021年7月)

瑞雪とは何かの吉兆として降る雪のことです。実際、奥利根湖の水は所在する群馬県だけではなく東京都にも供給されており我々の生活になくてはならないものです。このようなダムを寿ぐ碑や掲示は四国の早明浦ダムにもあります。その言葉は「四国の○○ ○ 」。期せずして似ています、リンク先でご覧ください。

洪水吐と余水吐

矢木沢ダムの洪水吐(2021年7月)
矢木沢ダムの洪水吐(2021年7月)

矢木沢ダムの洪水吐のゲートです。矢木沢ダムの目的に洪水調整が含まれているので洪水吐と呼んでよいはずです。ところがゲートの製造者三菱重工業によるプレートには「矢木沢ダム余水吐ゲート」と記載があります。ダムの公式HPやパンフレットには洪水吐。あまり厳密に分けられていないのか?

ウィングダムとわきダム

矢木沢ダムの洪水吐とウイングダム(2021年7月)
矢木沢ダムの洪水吐ー下流側から(2021年7月)

矢木沢ダムはアーチダムとして有名ですが左岸側は地質上の問題でコンクリートの重さでダム端部を支えています。上の写真の洪水吐が見えている部分がそれにあたります。このような構造はウィングダムと呼ばれ、有名な黒部ダムは両岸にウィングダムがあるそうです。

ウィングダムの手前に土手が見えていますが、はしダムと呼ばれダムの一部になっています。奥利根湖は二つの谷をせき止めて出来ているようで大きな谷をアーチダムとウィングダムでせき止め、小さな谷をはしダムでせき止めて一つの大きな湖を形成したものです。なおはしダムの上が駐車場になっています。

設計者はひょっとして○○がお好き?

矢木沢ダム洪水吐のバンク(2021年7月)
矢木沢ダム洪水吐のバンク(2021年7月)

矢木沢ダムの洪水吐ははしダムでせき止められた方の谷に誘導されています。この流路を見るとカーブしているところでバンクが付けられています。流れの外側にこぼれにくくするための措置だと思いますが…直感的には必要か?と感じてしまいました。ひょっとすると設計者が競輪好きでバンクを付けたかったのではと思ってしまいました。

右岸から矢木沢ダムの堤体を望む

右岸から望む矢木沢ダムの堤体(2021年7月)
右岸から望む矢木沢ダムの堤体(2021年7月)

右岸から矢木沢ダムの堤体を望みます。横長ではカメラのフレームに収まりません。高さ131mで非常に高度感があります。高さだけではなくダムの3次元的なアーチの影響で足元も見渡せることも大きく影響しています。重力式コンクリートダムの斜面の堤体を見るときとはかなり違う感覚です。

矢木沢ダム天端から洞元湖を望む

矢木沢ダム天端から下流を望む(2021年7月)
矢木沢ダム天端から下流を望む(2021年7月)

矢木沢ダムの天端から下流を望むと奥に前回の須田貝ダムのダム湖である洞元湖の北端部が見えます。宮ケ瀬ダム石小屋ダムも上流側のダムから下流側のダムが見えるケースですが、これだけ大規模なダムのダム湖が上流側から見えるのは珍しいような気がします。

矢木沢ダムを左岸から望む

矢木沢ダム右岸から堤体を望む(2021年7月)
矢木沢ダム右岸から堤体を望む(2021年7月)

先ほどの左岸からの写真と同様、独特の高度感があります。ダム堤体に沿って検査・保守用の通路が設置されています。簡単な手すりが付いているようですが高所恐怖症の管理人にはおよそ歩ける気がしません。更に一部不気味にさびてますし…。写真下に見えているのは水力発電所への導水管と思われます。矢木沢ダムの目的の一つは「発電」で、240,000kWの大規模な揚水発電を行います。発電所は写真左下に見切れていますが、送電設備の碍子が見て取れます。

30名近い犠牲があったそうです

矢木沢ダム慰霊碑(2021年7月)
矢木沢ダム慰霊碑(2021年7月)

ダムといえば「危険な現場」の印象が強いですが、昭和30年代に起工された矢木沢ダムも例外ではなかったようです。一方で矢木沢ダムには「移転を余儀なくされた人々」関連の記念碑などはありません。1軒だけ移転者があり、東京電力の保養所だったとのこと。そりゃあ、記念碑は立ちません。

奥利根湖とダム管理事務所(2021年7月)
奥利根湖とダム管理事務所(2021年7月)

奥利根湖をダム左岸から望みます。アーチダムの本体ダム、重力式コンクリートダムのウィングダム(洪水吐のある辺り)、フィルダム(管理棟から奥)位置関係がよくわかる一枚です。矢木沢ダムは3形式のダムが一度に見られる興味深い場所です。

なお矢木沢ダムの水は7割弱が群馬県の農業用水、2割弱が東京都の水道水(毎秒4t!)、残りは群馬県の水道水として使用されています。群馬県の農産物の多くが東京に出荷されることを考えると、矢木沢ダムは東京都を支えているといっても過言ではありません。東京都の水の多くは日本海側の豪雪地帯で降った雪の雪解け水なのです。東京都民は矢木沢ダムには頭が上げられないのです。

記念撮影をして次の目的地へ

奥利根湖をバックにNC750S(2021年7月)
奥利根湖をバックにNC750S(2021年7月)

奥利根湖をバックに記念撮影。撮影中、大型バイクでツーリングしているグループの一人の方とお話し。先週は下久保ダムに行っていたそう。ツーリング情報を交換し、挨拶して私は出発。ところが、帰路の国道120号線で撮影中にばったり会うという奇遇。面白いものです。

東京を支える矢木沢ダムを離れて、関東を支える奈良俣ダムに向かいます。

奥利根3ダムツーリング 須田貝ダム編

須田貝ダムへのアプローチ

少し眠れないことが多く朝早く目が覚めた夏の日。都内の天気は曇り…といって家で悶々と過ごすのは嫌なので早い時間を活かして少し遠出することに。そういえば矢木沢ダムを目指したことがありましたが、手前の藤原ダムで雨と寒さで帰ってきたことがありました。

ということで、メインの目的地は矢木沢ダムとして、須田貝ダム→矢木沢ダム→楢俣ダム→奥利根ゆけむり街道を走るツーリングに出かけました。須田貝ダムまでのアプローチは環八→関越練馬IC→水上IC→国道291号→群馬県道63号で途中で左折し矢木沢ダムの東京電力管理用道路の途中に須田貝ダムがあります。ダムは道路からよく見えて、こんな感じです。

なお今回のツーリングで藤原ダムにも寄ることを考えたのですが…一度取材済みだったので矢木沢ダム到着を最優先しました。群馬県道63号を水上側から進むと藤原ダムの藤原湖西岸(こちらが矢木沢ダム近道)ー東岸(こちらが県道63号)の分岐があります。東岸を選ぶと藤原ダムの天端を通過できるのですが、今回は西岸ルート。

須田貝ダム全景(2021年7月)
須田貝ダム全景(2021年7月)

須田貝ダムは意外と日本初が多い

須田貝ダムは比較的大きな、重力式コンクリートダムですが見た目にはあまり特徴はありません。割とオーソドックスな姿です。一方で日本で初めてダムのコンクリート材料にフライアッシュ(石炭燃焼時の灰)を使用したり、地下に発電所を設置する(これも日本初)などの技術的なチャレンジがされているのが特徴です。

地下に発電所を設置するのは、割と多く下久保ダムの下久保発電所上日川ダムの葛野川発電所なども地下に発電所が建設されています。地下に発電所を建設するのは大変なように思えますが、ダム湖との標高差を稼いで発電量を増やすことが出来たり、豪雪地帯では雪の影響を受けないなどメリットがあるようです。そういえば、須田貝ダムのある奥利根地方は典型的な豪雪地帯です。

須田貝発電所の変電所(2021年8月)
須田貝発電所の変電所(2021年8月)

発電所は建屋がありませんが、変電所は地上にあります。送電はやはり高圧電線なので地上が有利なのでしょう。

須田貝ダムのダムカード?

須田貝ダムのダムカード?(2021年7月)
須田貝ダム全景(2021年7月)

須田貝ダムのダムカード?です。ダムカード風の枠があって本物のダムを枠に入れて撮影するとダムカードの出来上がりです。右上のPは須田貝ダムの目的が発電(Power generation)であることを示しています。多くのダムは一つの目的だけではなく複数の目的がある多目的ダムですが、須田貝ダムは発電専用です。

また右下のGはダムの形式を表していて重力式(コンクリート)ダム(Gravity dam)を意味しています。他の重力式コンクリートダム以外の重力式ダムは、HG – 中空重力式コンクリートダム、GA – 重力式アーチダムなどで表されます。中空重力式コンクリートダムは未取材ですが、重力式アーチダムといえば秩父湖の二瀬ダムが有名ですね。

東京は曇りでしたが良い天気でご機嫌

須田貝ダムの駐車場で撮影したNC750S(2021年7月)
須田貝ダムの駐車場で撮影したNC750S(2021年7月)

出発した時は曇りでしたが水上ICを降りたあたりから日が差し始め、須田貝ダムではすっかり夏の日差し。でも、さすがは奥利根、涼しいのですよ。それにカラッとしていて夏のツーリングには最適なんじゃない?と気づきましたが、それはこの後でも証明されました。

須田貝ダムを出発してさらに進むと…初めての場所なので結構な距離あるように感じましたが、橋の手前から今回のツーリングの目玉である矢木沢ダムが見えてきます。

そして矢木沢ダム(2021年7月)
そして矢木沢ダム(2021年7月)

なお県道63号から矢木沢ダムの東京電力管理用道路に入ると一切民家や店舗はなくなります。が、流石は有名な大ダム、結構観光やツーリングで訪問している方も多く、必然的に交通量が結構ありました。是非安全運転で行きましょう。

次回は矢木沢ダム。

歴史マニアと行く一夜城と小田原城(小田原城編)

小田原城は大きかった…

小田原城址公園のハス
小田原城址公園のハス

一夜城から車で小田原城に移動します。一夜城に上るのが結構大変で、余程若くて体力に自信がない限りは自動車移動が無難です。よく考えると大城郭とそれを落とそうという大軍の陣ですから「一駆け」の距離にある方が不自然ですね。

写真は小田原城址公園のハス。2000年前の種を発芽させて…というあの大賀ハスです。ちなみにハスとスイレンの違いって分かりますか?こちらで紹介してます。この写真とリンク先の睡蓮の写真を比べると全然違うのが分かると思います。

小田原城の馬出門枡形(2021年7月)
小田原城の馬出門枡形(2021年7月)

堀越しに馬出門枡形を撮影したのが上の写真です。門のところで壁が90度曲がって門に殺到する敵を矢狭間や鉄砲狭間から狙い撃ちする気満々の作りです。

馬屋曲輪の矢狭間から馬出門枡形を見る(2021年7月)
銅門前の矢狭間から馬出門枡形を見る(2021年7月)

全体的に「立ち入り禁止」の場所が多い日本の観光地ですが、小田原城の銅門手前の土塁の上の塀まで上がる階段は特に掲示がなかったので登って矢狭間から馬出門枡形を撮影したのがこの写真。まさに狙い撃ちです。

小田原城の銅門(2021年7月)
小田原城の銅門(2021年7月)

小田原城の銅門です。銅門をくぐると二の丸です。歩いている人は歴史マニアの友人。左右の鉄砲狭間、矢狭間から狙われながらの登城です。

小田原城の威容(2021年7月)
小田原城の威容(2021年7月)

時代劇で江戸城役を担うのは多くの場合姫路城ですが、小田原城も使われることがあるそうです。(歴史マニア曰く)電線は余計ですが、この角度から見る小田原城天守閣はなかなかの威容。残念ながら再建天守ですが。

天守閣から一夜城方面を望む(2021年7月)
天守閣から一夜城方面を望む(2021年7月)

天守の最上階は展望台になっています。一夜城方面を見てみると…どこかわかりません。単なる山。と思っていたら、訳知り顔のオジサンが「あそこに一夜城というのがあってね」という話を同行の方にしている横で含み笑いの歴史マニア。「だって自分たちそっちから取材済みで勝ってるって思った」って。そんなんで勝っても仕方がないと思いつつ、やっぱ勝ってるなと同感な大人げない管理人です。

小田原城から一夜城を望む(2021年7月)
小田原城から一夜城を望む(2021年7月)

一夜城方向を望遠で撮影した写真です。写真やや左側、右側の手前の山の奥の小高い山が一夜城と思います。この場所であそこを見ながら、
「殿、大事でございます。」
「何事じゃ。」
「はっ、敵陣の奥に城が出来ております。」
「城じゃと。そのようなもの昨日まで無かったではないか。」
「しかし、こちらからご覧ください。」
「っぐ。なんと、なんとしたこと、一夜にして城を築いたと申すか…」
などというやり取りが頭に思い浮かんできました。実際のところどうだったんでしょうねえ?

小田原おでんの店構え(2021年7月)
小田原おでんの店構え(2021年7月)

一夜城から小田原城見る、小田原城から一夜城見るプロジェクトも終わったし、帰ります。駐車場への移動中+車中で友人の「小田原評定で評判が悪いけど、北条氏康はバランスの取れた名将だった」話を拝聴。確かに一面だけから物事見てちゃだめだなあと思った次第。

昼食。小田原はその海産物を活かした練り物が名物でそれをさらに活かしておでんが有名だそうです。

歴史マニアの友人の職業はおでん屋。おでん屋が案内してくれるおでん屋に間違いはありませんでした。ただ、「俺の大根の方が旨いでしょ」って聞かれて回答に困る私でした。

※ここのおでんは若い出汁が特徴で出汁も香りが強く大根はさらりと煮あがっているのが特徴。友人のおでんはこなれた出汁が特徴で香りより色々なネタからでた味が特徴。大根は一晩以上出汁を含ませてジワッと味が出てくるのが美味。どちらも美味しいので少し困った次第。

次回は深城ダム辺りへ。

歴史マニアと行く一夜城と小田原城(番外編)

この時は4輪で行きました

一夜城案内図(2021年7月)
一夜城案内図(2021年7月)

小田原城の北条氏を豊臣秀吉が攻めたときに布陣したことで知られる石垣山に7月某日行ってきました。大河ドラマ「独眼竜政宗」で勝新秀吉が渡辺謙正宗をビビらせたシーンの方が有名かもしれません。

この時は友人と二人、4輪だったのでツーリングではありませんでした。だから番外編。

一夜城の竹の杖(2021年7月)
一夜城の竹の杖(2021年7月)

登り口には竹の杖がおいてありました。そんなに厳しい道なのか…と一瞬思いましたが、なくても何とかなる、けどあった方が絶対良い位な感じでした。それに暖かい時期だとヘビとか出てきたらバシッてできる。

一夜城登り口の野面積み(2021年7月)
一夜城登り口の野面積み(2021年7月)

登り口脇には野面積みの石垣やや崩れかけている感じもしますが、400年以上前の代物。そういう意味ではよく残っているなあという方が正しいか。写真が下手なので、迫力が伝わりにくいですが切石積みの整った石垣とはことなる臨場感がありました。

一夜城井戸曲輪への降り口(2021年7月)
一夜城井戸曲輪への降り口(2021年7月)

布陣する際に最も重要なものの一つが水場です。一夜城には井戸があり、その周辺は石積みに囲われて井戸曲輪と呼ばれたそうです。写真は井戸曲輪へのおりぐち。当たり前ながら降りるのも石積みの段です。例えるなら磯場を降りていくのに似た感覚。竹の杖が活躍します。

一夜城井戸曲輪の石積み(2021年7月)
一夜城井戸曲輪への降り口(2021年7月)

井戸曲輪に降りて周りを見回すとこんな感じです。石積みは入り口近くと同じく野面積みですがこちらの方が石が小さく緻密に積まれている印象です。井戸の性質上石積みの傾斜を緩くできないことからこのようになっているのかと想像しました。梯子は草引きの手入れ作業中に使用しているものです。石垣に草が茂ると崩れやすくなるため定期的に手入れしているのでしょう。暑い中大変な仕事だと思いました。

一夜城井戸曲輪の井戸?(2021年7月)
一夜城井戸曲輪の井戸?(2021年7月)

井戸があったとされる場所を覗いてみましたが水は見えません。当時はもっと深く掘りこまれていて、釣瓶で水を汲んでいたのでしょうか?当時の様子はちょっと分かりませんでした。

一夜城本丸跡(2021年7月)
一夜城本丸跡(2021年7月)

井戸曲輪から上がって二の丸を通って本丸跡へ。この辺りは石積みもぽつぽつありますが、もともとの山の地形を活かして作った印象でした。写真では本丸跡が広く見えますが何万もの兵が滞陣できるほど広くはありません。本陣の偉い人達用スペースだったのでしょう。

正にここで豊臣秀吉を筆頭に有名な戦国武将たちが戦術を練っていたのかと思うとなかなか感慨深いものがあります。同行の歴史マニア友人は竹の杖を振り回していましたが、戦国武将の下知の気分だったのでしょうか。なお、竹の杖を振り回しても全く大丈夫、我々以外誰もいませんでした。

奥には天守跡がありますがそもそも戦時中の布陣場所、本来天守閣など必要ありません。それでも天守を作って相手をビビらせるという発想が天才的かも。

一夜城から小田原城方面を望む(2021年7月)
一夜城から小田原城方面を望む(2021年7月)

二の丸から本丸に上がってすぐのところに展望台があります。展望台から小田原城が…ギリギリ見えるか見えないか。写真でも木の陰ギリギリです。しかしこの木があったからこそ一夜城が成立したとも言えます。

小田原ブルーウェイブリッジ(2021年7月)
小田原ブルーウェイブリッジ(2021年7月)

小田原は箱根、伊豆方面に繋がる交通の要所。横浜方面から小田原にアクセスする定番西湘バイパスの終点が写真の小田原ブルーウェイブリッジを超えた左側石橋ICです。小田原らしく橋の向こうに見える灯台が小田原提灯になっているのがプリティ!

さんざん戦国を偲んだあと次回は小田原城へ。

○○○○世界一 上日川ダム ダムツーリング(小河内ダムと上日川ダム)後編

上日川ダムに到着

上日川ダムの石碑(2021年6月)
上日川ダムの石碑(2021年6月)

上日川ダムに到着です。上日川ダムの入り口は大菩薩初鹿野線沿いにあって大菩薩嶺側からアプローチすると見落としやすいので注意が必要です。また手前で大菩薩北岸展望所に分かれる道がありますがこちらに行くとダム堤体にはたどり着けませんので注意してください。(こちらのルートも風景が良く、通行止めになっていなければ駐車場から更に奥に進む林道も絶景が期待できます。こちらでご覧いただけます。

上日川ダム周辺の風景

  • 上日川ダム下流側堤体(2021年6月)
    上日川ダム下流側堤体(2021年6月)
  • 上日川ダムから大菩薩湖を望む(2021年6月)
    上日川ダムから大菩薩湖を望む(2021年6月)
  • 上日川ダムの洪水吐と遠景(2021年6月)
    上日川ダムの洪水吐と遠景(2021年6月)
  • 大菩薩湖の白化した流木(2021年6月)
    大菩薩湖の白化した流木(2021年6月)

上日川ダムは非常に景色の良いダムと言えます。特に下流側は日川沿いの谷の上が開けてその先に富士山がある絶景です。勿論、天気に恵まれないと富士山は見えません。大菩薩ラインの柳沢峠からみるより数km近くになりますがそれでも40km弱離れていますからね。

上日川ダムの上流側は大菩薩湖。上日川ダムは葛野川ダムとのコンビで日本有数の揚水発電所の上池(大菩薩湖)ー下池(松姫湖)をなしています。この揚水発電所の特徴は水量より高度差で有効落差714mは世界最大。但し貯水容量は1,147万立方mとあまり大きくはありません。揚水発電所の特性上、一日のピーク消費電力需要を賄う時間分だけ発電が継続できれば十分という考え方かもしれません。ちなみに前々回の小河内ダム(奥多摩湖)の総貯水量は18,900万立方mで一桁大きい値です。

更に特徴的なのが湛水面積の狭さ。51haと奥多摩湖の20分の1です。1/10の体積で1/20の湛水面積なので単純計算だと2倍深いことになります。また揚水式発電所であることから水の上下が激しく、最大21m!の変化があります。激しい。このことから湖水面へのアプローチは全面的に禁止されていて遊泳やボート、釣りなど一切禁止です。

なお2枚目のスライドの右側に見えているのが葛野川発電所への導水口と思われます。

上日川ダムの洪水吐

  • 上日川ダムの自然越流式の洪水吐(2021年6月)
    上日川ダムの自然越流式の洪水吐(2021年6月)
  • 上日川ダムの洪水吐スロープ部(2021年6月)
    上日川ダムの洪水吐スロープ部(2021年6月)
  • 上日川ダムの洪水吐減勢工(2021年6月)
    上日川ダムの洪水吐減勢工(2021年6月)

上日川ダムはご覧の通り中央土質遮水型ロックフィルダムなのでダム堤体にはゲート類はなく、ダムの右岸に洪水吐があります。この自然越流式の洪水吐ですが、洪水吐の流路と減勢工が特徴的です。ダム左岸からダム天端を歩くとこの洪水吐の流路のコンクリートが万里の長城ならぬ百里の長城位に良く見えます。減勢工の後流が急カーブになっていて、水があふれないようにするためかその部分の流路壁が高くなっているのが造形として面白いです。

大菩薩湖は揚水発電による水の出入りがありますが、大規模ではないものの元の日川の水源からも流れ込みがあります。富士山が南側にあるとはいえ太平洋側の湿った空気が谷沿いに流れ込みやすい地形なので梅雨時期や台風の時は猛烈な雨が降ることがあります。そのような時に活躍するのでしょう。

そういえば初めて大菩薩湖を目指したツーリングでも「もーれつっ」な雨に降られたことがありました。大月の国道20号線が30cm程度、冠水しているのに気づかずNC750Sで突っ込んで、後からエンジンの調子が心配になったことがあります。(結局無事でしたが。)ダムツーリングには天気情報と上質な雨具が必要なことを実感した大菩薩初鹿野線でした。

NC750Sと記念撮影

上日川ダムとNC750S(2021年6月)
上日川ダムとNC750S(2021年6月)

上日川ダムの石碑の前で記念撮影して帰途につきます。大菩薩初鹿野線をそのまま国道20号向けに走って甲斐大和で合流。道の駅甲斐大和で休憩したあと、大月まで国道20号線、大月から中央自動車道で都心まで帰りました。

そうそう、上日川ダムの公衆トイレは閉鎖されてましたから注意した方が良いと思います。

このツーリングはこれでおしまい。次回は…小田原にするか?深城ダムにするか?迷ってます。

ダムツーリング(小河内ダムと上日川ダム)中編

フルーツラインからは富士山が望めた

富士山をバックにNC750S(2021年6月)
富士山をバックにNC750S(2021年6月)

小河内ダムから甲州街道を甲州方面に向かい、柳沢峠を通過しました。柳沢峠は富士山の絶景が期待できる場所ですが…この日は雲ばかり。撮影もせず通過です。

甲州市に入りフルーツラインを通って国道140号方面に向かい、お気に入りの撮影場所に向かいます。撮影を始めた当初は富士山は雲に隠れていましたが、果物の若い実を撮影している途中でほんの少しだけ見える時間帯がありました。その時間帯にNC750Sを富士山をバックにして撮影したのが上の写真です。

フルーツラインのフルーツたち

  • 柿の若い実の写真(2021年6月)
    柿の若い実の写真(2021年6月)
  • シャインマスカットの若い実(2021年6月)
    シャインマスカットの若い実(2021年6月)
  • 桃の実の写真(2021年6月)
    桃の実の写真(2021年6月)
  • 桃に日を当てるための工夫(2021年6月)
    桃に日を当てるための工夫(2021年6月)

甲州市のフルーツラインは文字通り果樹園の中を通って信号や交差点が少なくまた交通量も少ないのでツーリングルート向きです。信号が少ないことからサイクリングやジョギングコースとしてもアピールされています。

6月のこの時期はフルーツの花が終わって、若い実が付き始めていました。柿はまだ全く色づいておらず「緑」。シャインマスカットもまだ実が小さく、大きくなるのはこれからです。桃は何種類かあるのかあるいは花の時期が違ったのか、まったく熟れてない木と桃色に色づいてきている木が混在していました。

桃は日光が当たらないと色づかないため、木の下に白いシートを敷いて反射光が桃に当たるように工夫されています。いつも桃をみると美味しいけど高いんだよなーとか思ってしまいますが農家さんの苦労を目の当たりにするとちょっと高くても買って食べよう、と思った次第。

大菩薩初鹿野線からの風景

大菩薩初鹿野線から高芝山方面を望む(2021年6月)
大菩薩初鹿野線から高芝山方面を望む(2021年6月)

フルーツライン→甲州街道を引き返して塩山停留所大菩薩嶺線→大菩薩初鹿野線に向かいます。 塩山停留所大菩薩嶺線は特にタイトなカーブが多く道幅も狭いので注意が必要ですが、風景が良い場所があり好きなルートです。途中で山の中のループした橋が見えますがこれが甲州街道です。自分が通ってきた道を山向こうから見るというのもツーリングならではの乙な気分。

上日川峠までが塩山停留所大菩薩嶺線(県道201号)、峠を越えると大菩薩初鹿野線(県道218号)です。上日川峠の駐車場からは晴れている時は南アルプスが見えますがこの日はやっぱりだめ。通過して大菩薩湖方面に向かいます。

富士山はまた雲隠れだ

大菩薩初鹿野線から大菩薩湖を望む(2021年6月)
大菩薩初鹿野線から大菩薩湖を望む(2021年6月)

大菩薩初鹿野線から大菩薩湖を望みます。この向きには富士山が見えているはずですが…雲隠れです。大菩薩湖の左側に見えているのが導水口と思われます。大菩薩湖は揚水式発電の上池になっており、下池の葛野川ダムとの標高差約700mの落差を利用した葛野川発電所を支えています。

ちなみに上日川ダムは日本で3番目に標高が高い場所(1486m)にあるダムとしても有名です。

次回は上日川ダムへ。

ダムツーリング(小河内ダムと上日川ダム)前編

入間白岩林道経由で小河内ダムへ

入間白岩林道入り口でNC750S(2021年6月)
入間白岩林道入り口でNC750S(2021年6月)

6月の少し天気の悪い日、でも愛車と出かけたくて奥多摩へ。小河内ダムを最初の目的地にして青梅街道、五日市街道、入間白岩林道、数馬、月夜見第一駐車場のルート。上の写真は入間白岩林道入り口で撮影したものです。

入間白岩林道はほぼ完全に舗装されていて極端に狭い場所もなく安全な林道です。もちろん林道ですから落石・落ち葉に気を付けるとか見通しが悪いカーブが続くので注意、ガードレールがない場所に近寄らないなど基本的な安全対策は必要です。

このルート、バイクで走っている人より自転車の人が多い印象があります。確かに「心地よいワインディングを楽しむ」という場所ではないので、バイクは素直に奥多摩周遊道路を経由するのでしょう。

林道の楽しさは多くの自然

  • 奥多摩のマムシグサ(2021年6月)
    奥多摩のマムシグサ(2021年6月)
  • 何者かにかじられたヘビイチゴ(2021年6月)
    何者かにかじられたヘビイチゴ(2021年6月)
  • マタタビ?の花@奥多摩(2021年6月)
    マタタビ?の花@奥多摩(2021年6月)

林道のツーリングの楽しみは交通量の少ない道を自分のペースでゆったりと走っていくこと、そしてその豊かな自然を楽しむことだと思います。管理人の腕前から言ってフルダートの道をテクニックを駆使して制覇するのは無理ですから(笑)。

春には花が多かったこの場所も、初夏になるにつれて葉が青々としてきて場所によっては欝蒼と茂っています。そんな中でも特徴的だったり可愛らしい植物が頑張っていました。

マムシグサはマムシ柄の幹の周りに立派な葉を環状に付ける姿が特徴的で、天辺には若い実がなっています。マムシグサの足元には何者かにかじられたと思われるヘビイチゴがありました。視線を上に向けると綺麗な白い花が咲いていました。おそらくマタタビの仲間だと思います。まだ実がなっていなかったのでサルナシとの区別が付きませんでした。

ひとしきり植物の撮影をして数馬経由で小河内ダムに向かいます。

月夜見第1駐車場から小河内ダムを望む(2021年6月)
月夜見第1駐車場から小河内ダムを望む(2021年6月)

月夜見第1駐車場に寄って小河内ダム方面を撮影します。ずいぶん水量が減っています。小河内ダムは元々上水道利水と発電を目的に建設されていて洪水調整は役割に入っていませんでした。

ところが令和に入ってからの大雨があった後、洪水対策で域内の主要ダムで降水が予想される場合に備え事前放流による洪水調整量の確保が関係自治体、省庁などで合意されました。大雨が予想される場合、事前放流する協定ですが多降水期には常時水位を低めにしておくことで事前放流の大きな影響を緩和する運用がされている可能性もあります。(ダム関係者に聞いてみたいです。ご存じの方コメントください。)

小河内ダムをあらためて楽しむ

  • 小河内ダムの余水吐近辺(2021年6月)
    小河内ダムの余水吐近辺(2021年6月)
  • 奥多摩湖の小滝(2021年6月)
    奥多摩湖の小滝(2021年6月)
  • 小河内ダムのゲートの無い堤体(2021年6月)
    小河内ダムのゲートの無い堤体(2021年6月)
  • 多摩川第一発電所(2021年6月)
    多摩川第一発電所(2021年6月)

小河内ダムについてダム周辺を散策します。余水吐のゲートは既に役に立っておらず、むしろ余水吐きの前にちょっとした岸壁のようなスペースが出来てしまっています。勿論、水位が高い場合はこのスペースは水没しています。

ダムの天端に歩いている途中振り返ると湧水が基になった小さい滝が流れ落ちていました。あまりに小さいので焼け石に水ならぬ「涸れダムに小滝」という言葉が思い浮かびました。

ゲート類が見えない堤体を撮影し、多摩川第一発電所の直上から写真を撮影しました。2系統ある発電機のうち一系統の下流は水が流れている気配がなかったのでこの時は1系統のみ発電運転していたものと思われます。(なおゲートが見えないと書きましたが、堤体中央の白色の構造物の下にオリフィスゲートがあります。)

多摩川になった奥多摩湖

多摩川上流になった奥多摩湖(2021年6月)
多摩川上流になった奥多摩湖(2021年6月)

奥多摩湖に沿って柳沢峠方面に向かいます。途中で奥多摩湖を覗くと湖というよりは多摩川になっていました。奥多摩湖の水位が低い時によく見る風景です。この時はニホンザルが川を渡る電線を渡っていました。他サイトに掲載したものですがクリックして動画もお楽しみください。

次回はフルーツラインの風景など。

下久保ダムツーリング(後編)

下久保ダム右岸駐車場から角方向を望む(2021年6月)
下久保ダム右岸駐車場から角方向を望む(2021年6月)

下久保ダムの天端は国道から城峯公園に繋がる道路になっています。天端を通って右岸駐車場にNC750Sを停めてダムの角側を撮影したのが上の写真です。ダム堤体のゲートのある面を主ダム、山波石峡に面した面を補助ダムと呼んでいます。補助ダムは遠くから見ると直線のように見えましたが、実際には少し湾曲していて、右岸駐車場から直接角を見ることが出来ませんでした。

6月の梅雨入り前後で水位を下げている時期でゲートを含めダムの設備が良く見えています。まず主ダム中心水面から2つの放流口が半分覗いているのが主ゲート、その上に2門格子状のゲートが見えているのが補助ゲート、その両脇縦長のゲートが非常ゲートです。ゲートの右側に建物を伴っている設備は表面取水設備です。農業用水などあまり水温が低いと問題が発生する場合に暖まったダム湖表面の水を取水するために稼働します。

下久保ダムの角に歩いて向かう

  • 下久保ダムから神流湖を望む
    下久保ダムから神流湖を望む
  • 下久保ダムのダムマンガ(2021年6月)
    下久保ダムのダムマンガ(2021年6月)
  • 下久保ダムの石碑(2021年6月)
    下久保ダムの石碑(2021年6月)

下久保ダムの補助ダム天端を角に向かって歩きます。左手に神流湖、右手には山波石峡の風景が楽しめます。天端の道路は歩道もしっかり整備されていて普通の道路と変わりありませんが、欄干部分に近隣の観光案内やダムマンガのイラストがあるなどちょっと楽しいです。ダムマンガは文字通りダムを愛する主人公を中心にしたマンガですが下久保ダムの角をストーリーの中で取り上げたことがあり下久保ダムには縁の深いマンガです。

下久保ダム角にダムの記念碑があります。当然角なので90度のカーブになっています。カーブを示す矢印の看板が両方に立っていますが、記念碑と合わせたちょっとしたデザインを意識しているのは間違いないでしょう。記念碑が良く目立ちます。補助ダムも主ダムも天端の広さは同じなので、記念碑のスペース分道路が狭くなるはずですが道幅は一定です…それはまた後で。

下久保ダムの角の風景

  • 下久保ダム諸元(2021年6月)
    下久保ダム諸元(2021年6月)
  • 下久保ダム角の標柱(2021年6月)
    下久保ダム角の標柱(2021年6月)
  • 下久保ダムの角を直上から望む(2021年6月)
    下久保ダムの角を直上から望む(2021年6月)

ダムの記念碑の裏側にはダムの簡単な諸元がまとめられています。立ち退きになった方々の名前や献辞、慰霊の言葉などが書かれている場合もありますが、下久保ダム角の記念碑はシンプルです。おそらく、別にこれらを書いた碑があるものと思われます。

ダムの角には旧建設省による「標柱3号」が立っています。3号があるということは1号と2号があります。この二つは神流湖上流側の両岸にあって、1号と2号を結ぶ線よりダム堤体側は船舶が極スローで航行しなければならない場所になっています。(ダム堤体近くは進入禁止)

ダムの角上からダムの角直下を見ることが出来ます。写真では分かりにくいですが、当然高度感が凄いです。およそ乗り出して写真撮影する気にはなりません。ダムの角は直角に建てられているわけではなく傾斜を持って堤体の底の方が少し厚くなっています。これに反りが付いていれば熊本城の武者返しに似ているのですが…ダムを角を登れる人間はいないのでそんな凝った設計は不要でしょう。

下久保ダムの角の内側

  • 下久保ダムの内側の角遠景(2021年6月)
    下久保ダムの石碑(2021年6月)
  • 下久保ダムの内側の角やや遠景(2021年6月)
    下久保ダムの内側の角やや遠景(2021年6月)
  • 下久保ダムの内側の角アップ(2021年6月)
    下久保ダムの内側の角アップ(2021年6月)

下久保ダムの補助ダムは湾曲があり右岸側からは角の内側は見にくいです。逆に主ダムはまっすぐなので左岸側からは角が良く見えます。左岸駐車場から角を見ると…プールの角というか水が少ないのでお風呂の角のようにも見えます。

左岸には山側に展望場所も準備されていますが…夏にかけての時期はあまり登ると木々の葉っぱで堤体は良く見えません。むしろ上っている途中の場所から角の内側を見るのが様子が分かりやすいです。なおダムの内側に見える黒い筋は道路上の水を排水した跡と思われます。

角をアップで見るとゲートなどの配置が良く分かりますが、それに加えて角の内側で道路を通すスペース分だけ広くなっているのが分かります。角の記念碑スペースの分、内側を拡げて道路が狭くならないようにしたのですね。

下久保ダム堤体上の県境

下久保ダム堤体上の県境(2021年6月)
下久保ダム堤体上の県境(2021年6月)

下久保ダムは「角」が特徴ですが、補助ダムを含めた堤体長日本一という特徴もあります。またそれらに加えてダムの中心が埼玉県と群馬県の県境になっています。つまり私がNC750Sを停めた右岸駐車場は埼玉県、左岸駐車場は群馬県です。

なお下久保ダムの水で発電を行う下久保ダムは群馬県にあります。埼玉県のダムは非常に開放的なところが多いのですが、群馬県のダムは一部を除くとツンデレ?利根川水系は大ダムが多くダム好きにはたまらない場所ですが埼玉県ほど観光地化されていない印象です。

この後は、道の駅上州おこしに寄って都心に帰京しました。道の駅上州おこしは「下久保ダム推し」で全国のダムカード展なども企画されていました。(が…COVID-19の影響で中途半端な感じでした。)

「角」、「堤体長日本一」、「堤体中心が県境」、見どころの多い下久保ダム。再訪を心に誓って、この記事をおしまいにします。

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